「苦しい」と感じる出来事が起きたとき、私たちは出来事そのものを「苦しみ」だと思いがちです。
でも実際には、出来事と、それに対して脳が与えた意味は別物です。
「苦しい」と感じている時、出来事そのものではなく、
「失った」「足りない」「大変になる」といった、自分の解釈を通して反応していることがあります。

例えば、
■「寂しい」という錯覚
脳の解釈:彼氏・彼女と別れた、ひとりになった。
だから「寂しい」と感じる。でも、別の角度から見れば、
現実:自分を大切にしてくれない人との関係が終わった。
不要な関係がなくなり、本当に大切な人との時間をつくれる余白が出来た。
とも考えられます。
■「嬉しい」という錯覚
私たちは、「嬉しい=いいこと」と思いがちです。しかし、これも必ずしもそうとは限りません。
脳の解釈:愚痴を聞いてもらえて「あなたは悪くないよ」と優しく肯定された♡
現実:自分の課題から目を逸らし、同じことを何度も形を変えて繰り返す。
といったように、一見「幸せ」に見える出来事が、長い目で見ると、自分を見失い苦しめることもあります。
逆に「苦しみ」に見える出来事が、「あなたを守るため」や「さらに良くなるため」の出来事だったりします。
出来事だけでは判断できない
脳は
●こうなるはず
●そうであってほしい
●この人はこういう人
という予測をしています。
その予測と現実にズレが生じると、脳は
●危険かもしれない
●修正した方がいい
●間違っていた?
●終わった
●もう無理、人生詰んだ
など、さまざまな解釈と反応が生まれます。
つまり、私たちが感じる「苦しみ」は、出来事そのものだけで決まるわけではありません。
いままであったものがなくなると、脳はその「空白」に意味を与えようとします。
その結果、私たちは「寂しい」「苦しい」と感じることがあります。
でも、その不足は「何かで埋めなければいけないもの」とは限りません。
むしろなくなった方が自分にとって良かったとも考えられます。
脳は根本的に変化が嫌いです。
そのため、大きな変化の直前に苦しみをつくりだします。
☑人間関係が変わる前
☑仕事が変わる前
☑生活が変わる前
「出来事そのもの」と、「脳が与える意味(解釈)」は完全に別物です。
ここを区別できると、同じ現実でも苦痛の強さは劇的にが変わります。
苦しみ、空虚感、寂しさ=不幸とは限りません。
同じように、
喜び=幸福とも限りません。
その出来事によって、自分が自分に近づいているのか。遠ざかっているのか。
一度、自分の「解釈」を見てみてください(^^)
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